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【相場に魅入られた者たち:マーケットの狂気と栄光】第10回:ピットのプリンス、リチャード・デニス〜素人集団「タートルズ」を勝たせ、自身は沈んだ天才〜

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「私が使っているトレードのルールを、新聞の1面に掲載したとしても、誰も真似して儲けることはできないだろう。なぜなら、ルールを厳格に守り続けることが一番難しいからだ。」 ——リチャード・デニス

投資の世界には、一つの永遠のテーマがある。「トレードの才能は生まれつきのものか、それとも後天的に学べるものか?」 この問いに対し、自らのポケットマネーを使って歴史的な大実験を行った男がいる。「ピットのプリンス」と呼ばれた天才相場師、リチャード・デニスである。

彼はわずか400ドルの資金からスタートし、数億ドル(数百億円)の富を築き上げた。そして「正しいルールさえ教えれば、誰でも勝てるようになる」という自身の信念を証明するため、新聞広告で集めた素人たちにトレードの手法を叩き込んだ。 「タートルズ(亀たち)」と呼ばれたその集団は、数年間でなんと1億ドル以上の利益を叩き出し、デニスの信念は完璧に証明されたかに見えた。

しかし、この物語には残酷な結末が待っている。 完璧なルールを生み出したデニス自身が、最終的に「自分のルール」を破り、相場から退場させられてしまうのだ。今回は、天才が陥ったルールの罠と、感情という狂気について紐解いていく。

光と影:タートルズの栄光と、創造主の自滅

1983年、デニスは長年のパートナーであるウィリアム・エックハートと「トレードの才能」について論争になった。才能派のエックハートに対し、ルール派のデニスは「農場で亀(タートル)を育てるように、トレーダーを育ててみせる」と宣言し、実験を開始する。

彼がタートルズに教えたのは、高度な経済学ではなく「完全なるシステムトレード(機械的なトレンドフォロー手法)」であった。いつ買い、いつ売り、いくら資金を投じるか。すべての判断基準を明確なルールとして与え、「自分の感情や予測を一切交えずに、ただルール通りに執行すること」だけを厳命した。 結果としてタートルズは市場を席巻し、ウォール街に伝説を残した。

だがその一方で、師匠であるデニス自身のトレードは徐々に狂い始めていた。 1987年のブラックマンデー前後で、彼は自身のファンドの資金の約半分を失うという大惨敗を喫する。なぜ、タートルズが勝っている相場でデニスが負けたのか。 のちに判明した理由は極めて皮肉なものだった。タートルズが忠実にルールを守り続けていたのに対し、ルールを作ったデニス本人は「直感」や「裁量」を交え、損切りルールを破って過大なリスクを取っていたのである。

核心的思考:タートルズを勝たせた「3つの絶対規律」

デニスがタートルズに授けた手法は、現代のシステムトレードの原点と言える。その核心は、驚くほどシンプルで無機質なものだ。

1. トレンド・フォロー(順張り)の徹底

彼らのシステムは、過去20日(または55日)の高値を更新したら「買い」、安値を更新したら「空売り」という、極めて単純なブレイクアウト手法であった。底で買い、天井で売ろうとする予測を一切排除し、ただ「動いている方向」にのみ追従する。

2. ATR(ボラティリティ)に基づく冷酷な資金管理

タートルズの真髄は、エントリーのタイミングよりも「建玉のコントロール」にあった。相場の値動きの激しさ(ボラティリティ)を計算し、波が荒い時はポジションを小さく、波が穏やかな時はポジションを大きく取る。常に口座資金に対するリスクを一定(1回のトレードにつき資金の1〜2%の損失)に保つよう、数学的に縛り付けたのだ。

3. ルール執行への「絶対服従」

デニスはタートルズにこう告げた。「ルールに従ってトレードし、その結果損失が出たのなら、それは良いトレードだ。しかし、ルールを破って利益が出たのなら、それは最悪のトレードである」。 結果ではなく「規律の順守」のみを評価基準としたのである。

現代への教訓:ルールを知っていることと、守れることは違う

「ルールの大切さ」など、相場の本を1冊でも読めば誰でも知っている。 しかし、実際に含み損が拡大していく画面を前にした時、そのルールを無感情に執行できる人間は100人に1人もいない。どんなに優れた手法(エッジ)を持っていても、恐怖や強欲という人間の感情が介入した瞬間に、それはただのギャンブルに成り下がるのだ。


編集後記(お祈りトレーダーの眼)

「ルールを破って出た利益は、最悪のトレードである」 デニスがタートルズに教えたこの言葉は、日経225先物という戦場で日々葛藤している私の胸に、鋭く突き刺さります。

私自身、自分なりのシステム(ルール)を構築して相場に臨んでいます。 しかし、ポジションが想定と逆行し、含み損が拡大して撤退ラインが迫ってきた時、頭の中に悪魔が囁くのです。「ここで切ったら大損だ。もう一回だけナンピンして耐えれば、反発して助かるかもしれない」と。

そして損切りボタンを押せず、「どうか戻ってくれ」と祈り始めてしまう。私が「お祈りトレーダー」を名乗るゆえんですが、この「祈り」こそが、デニスが最も忌み嫌った「ルールの破壊」に他なりません。

皮肉なことに、完璧なルールを創り上げた天才リチャード・デニスでさえ、最後は自分の相場観を過信し、損切りを遅らせて破滅しました。彼は相場の恐怖と強欲に負け、自らが「お祈りトレーダー」へと堕ちてしまったのです。

凡人が天才に勝てる唯一の道があるとするならば、それは「天才でさえ守れなかった退屈なルールを、機械のように愚直に守り続けること」しかありません。 私たちが相場で戦うべき本当の相手は、画面の向こう側の機関投資家ではなく、ルールを破ろうとする「自分自身の弱さ」なのだと、タートルズの伝説は教えてくれています。