「株式投資は、兎と亀の競争である。兎になってはいけない。水面下にある優良株を、水面下にあるうちに買え。」 ——是川銀蔵
ウォール街の魔術師たちがアルゴリズムや複雑な金融工学で相場を支配する中、日本の市場には、己の頭脳と泥臭いまでの執念だけで巨万の富を築き上げた男がいた。「最後の相場師」と呼ばれた是川銀蔵である。
彼は天才的な閃きで勝ったわけではない。むしろその逆だ。 実業家として幾度も破産し、無一文となる辛酸を舐めた末に、彼が相場の世界で本格的に牙を剥いたのは「還暦(60歳)」を過ぎてからのことであった。
今回は、彼が相場に持ち込んだ圧倒的な「独学の狂気」と、個人投資家が生き残るための不朽の哲学「亀の歩み」を紐解いていく。
光と影:3年間の図書館生活と、長者番付日本一
1897年に生まれた是川は、波乱万丈の人生を送った。実業家として成功を収めるも、恐慌や戦争によって全てを失う。 1960年、63歳になった彼は、大きな決断を下す。事業の失敗から「なぜ資本主義社会では好況と不況が繰り返されるのか」を突き詰めるため、毎日図書館に通い詰め、世界の経済統計や歴史を3年間ひたすらに読み漁ったのだ。
この狂気じみた「独学」によって経済の底流を完全に理解した彼は、妻から借りたわずかな資金を元手に株式市場へ参戦する。 彼の名を不動のものにしたのは、1981年の「住友金属鉱山」のトレードだ。菱刈鉱山で有望な金鉱脈が発見されたという小さなニュースから、自ら現地調査と地質学の文献を読み込み、大相場になると確信。誰にも見向きもされていなかった同社の株を極秘裏に買い集め、結果的に約200億円という莫大な利益を手にした。
1983年には、松下幸之助らを抑えて「全国長者番付第1位」に輝く。 しかし、その栄光の裏で、晩年は多額の税金に苦しめられ、没後に残された財産はほとんどなかったという。すべてを相場に捧げ、相場と共に散った、まさに「最後の相場師」であった。
核心的思考:個人投資家が勝つための「亀の三原則」
彼が遺した投資法は、デイトレードのような派手なものではなく、徹底したファンダメンタルズ分析に基づく「静かなる待ち伏せ」である。彼が提唱した「亀の三原則」は以下の通りだ。
1. 水面下にある優良株を狙う
誰もが話題にし、株価が急騰している銘柄(兎)に飛びついてはいけない。業績や将来性があるにもかかわらず、市場から忘れ去られ、底値で放置されている銘柄(亀)を密かに買い集める。
2. 経済・相場の動向を自ら研究する
新聞や雑誌の推奨銘柄、他人の意見を鵜呑みにしてはならない。自らの目でデータを読み、経済の大きなうねり(マクロ経済)を理解した上で、自己責任で投資判断を下す。
3. 過度な欲をかかない(腹八分目)
相場には「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言がある。天井で売ろう、底で買おうと極限まで欲を張るのではなく、「腹八分目」の利益で満足し、確実な利食いを心がける。
現代への教訓:SNSのノイズを消し、自分の頭で考える力
SNSを開けば、数秒で「次に上がる銘柄」の情報が飛び込んでくる現代。私たちはつい、手軽な情報に飛びつく「兎」になってしまいがちだ。 しかし、是川が図書館で3年間かけて培ったような「自分の頭で深く考え抜く力」こそが、情報過多の時代において最大の武器になる。彼の生き様は、遠回りに見える「亀の歩み」こそが、相場という果てしない競争を勝ち抜く唯一の王道であることを教えてくれる。
編集後記(お祈りトレーダーの眼)
現在49歳を迎える私にとって、幾度もの破産を経て60歳を過ぎてから図書館に引きこもり、そこから日本一の投資家へと登り詰めた是川銀蔵の軌跡は、とてつもない勇気と希望を与えてくれます。相場と向き合う人生において、「遅すぎる」ということは絶対にないのだと。
私は日々、日経225先物という一瞬の判断が命取りになる「兎の戦場」に身を置いています。逆行時には思わず「どうか戻ってくれ」と祈ってしまう未熟さがありますが、そこではシステム化された冷酷な損切りが命綱となります。
偉大なる最後の相場師の哲学を胸に刻み、明日からも相場という荒波を生き残っていきたいと思います。