🕰️プロローグ:ホテルの密談
1987年秋、東京・赤坂の高級ホテル。 スーツ姿の男たちが密かに集まっていた。 竹下登、金丸信、小沢一郎、そして東京佐川急便社長・渡辺広康。 議題は――右翼団体「日本皇民党」の“ほめ殺し”攻撃への対処。 背後には、暴力団稲川会の影がちらついていた。
「田中角栄を裏切った報いだ」 そう囁かれる中、竹下は田中邸に謝罪へ向かう。 門前払いだったが、事件は沈静化。 そして数週間後、竹下は総理に就任する。
💰第1章:政界と裏社会の“融資ルート”
この成功により、渡辺広康は政界との太いパイプを手に入れた。 東京佐川急便は、稲川会会長・石井隆匡の関連企業に次々と融資を開始。 その総額――約4,395億円。 うち1,000億円は稲川会のフロント企業へ。 石井個人にも巨額の債務保証が行われた。
「政治と暴力団と企業が、ひとつの輪になっていた」 後に検察関係者はそう語った。
📉第2章:バブル崩壊と“保証地獄”
1991年、バブルが崩壊。 石井の利息支払いが滞り、東京佐川急便はパニックに陥る。 「さらに資金が必要だ」 石井はそう言い放ち、保証を求め続けた。
幹部たちは石井の経歴を知っていた。 それでも、保証を止められなかった。 会社は倒産寸前となり、親会社の佐川急便に吸収される。
⚖️第3章:逮捕と“5億円献金”
1992年2月、渡辺社長ら幹部が特別背任容疑で逮捕。 東京佐川急便に952億円の損害を与えたとされた。
そして同年9月―― 金丸信が、東京佐川急便から5億円の政治献金を受けていたことが発覚。 政治資金規正法違反で略式起訴。罰金はわずか5万円。
世論は激怒した。 国会前でハンガーストライキ、検察庁へのペンキ投擲。 「政治家には特別な計らいをするから“特別”捜査部か」 そんな皮肉が飛び交った。
金丸は議員辞職に追い込まれた。
🧨第4章:一六戦争──派閥の崩壊
金丸の失脚後、経世会は分裂。 小沢一郎は検察に徹底抗戦を主張。 梶山静六は早期収拾を図る。 この対立は「一六戦争」と呼ばれ、派閥抗争の火種となった。
社会党・知事・議員にも献金疑惑が広がり、辞任が相次ぐ。 だが、真相は解明されないまま、事件は闇に沈んでいった。
🧠第5章:政界再編と“55年体制の終焉”
1993年、宮澤内閣に不信任案が突きつけられる。 小沢・羽田らが自民党を離党し、新生党を結成。 細川護熙が首相となり、38年続いた“55年体制”は崩壊した。
だが、細川政権も佐川急便からの献金疑惑で揺らぎ、8ヶ月で退陣。 事件は、政界再編の引き金となったが、真相は封印された。
🧩エピローグ:5億円の重み
この事件は、単なる企業不祥事ではない。 それは、政治・暴力団・企業・メディアが絡み合った“構造的腐敗”の象徴だった。
- なぜ暴力団が政権人事に関与できたのか?
- なぜ政治献金が“罰金5万円”で済んだのか?
- なぜ真相は闇に葬られたのか?
今も、問いは残っている。