今回は1979年に発覚した「KDD事件」について取り上げます。 この事件は、単なる企業の不祥事ではありません。 それは、通信の独占が生んだ経費の闇、官僚との癒着、そして政界の“不可視の壁”を浮き彫りにした、昭和政治の縮図でした。
✈️発端は成田空港──“うっかり”では済まされない密輸
1979年10月2日、モスクワから帰国したKDD社員2人が、成田空港で税関職員に摘発されました。 ネックレスやブローチなど、数千万円相当の高級装身具約30点を無申告で持ち込もうとしていたのです。
当初は「個人的なミス」と釈明されましたが、調査が進むにつれ、社長室ぐるみの組織的密輸であることが判明。 成田空港開港以降だけで20回以上、総額1億円以上の密輸が行われていたことが明らかになりました。
🎁密輸の目的──“贈答”という名の工作
持ち込まれた高級品は、政治家や郵政官僚への贈答用。 目的は、国際電話料金の値下げ要求を封じること。 KDDは国際通信を独占し、巨額の利益を上げていました。 その利権を守るために、贈収賄が常態化していたのです。
⚖️捜査と裁判──企業・官僚は裁かれたが、政界は“素通り”
年月 | 出来事 |
---|---|
1979年10月 | 密輸発覚・社長辞任 |
1980年1〜4月 | 幹部2名自殺/社長室長・郵政官僚ら逮捕・起訴 |
1985年 | 有罪判決(執行猶予付き) |
1994年 | 最高裁で有罪確定(板野元社長) |
衆議院逓信委員会では、政治家190人に1億2000万円が流れたと報告されましたが、名前は非公表。 立件もされず、政界への捜査は“触れずに終了”しました。
🧠この事件が突きつけるもの
- 通信の独占が生んだ“経費の闇”
- 官僚との癒着による制度の形骸化
- 政界への“不可視の壁”──なぜ名前は出なかったのか?
この事件は、制度の限界と権力の非対称性を浮き彫りにしています。 企業と官僚は裁かれたが、政治家は“沈黙の壁”に守られた。 それは、昭和の政治構造の縮図であり、現代にも通じる問いです。
📝まとめ──“通信の自由”は誰のものか?
KDD事件は、通信という公共インフラを握る企業が、利権を守るために密輸と贈収賄を繰り返した事件です。 そして、政治家190人が関与しながら、誰一人として立件されなかったという事実は、今もなお“政治と企業の距離”を考えるうえで重い問いを残します。
通信の自由。 情報の透明性。 そして、権力の監視。
それらは、制度だけでは守れない。 私たちが、記憶し、問い続けることでしか守れないのです。